仏教の未来

「初めまして!釈迦Alpha君。」お寺のおかんが言いたいこと

2017/09/28

(この文章は、副住職である稲田瑞規が執筆し、SNS等で議論を巻き起こした「ブッダの教えを学んだ人工知能が誕生したとき仏教の未来はどうなるか?」に対する、実のおかんによるコメントです。まだお読みではない方は先に記事をお読みくださいませ。)

 

 

初めまして!釈迦Alpha君。

私はあなたをメディア上に誕生させた稲田瑞規の本当のおかんです。称名寺に住んでいます。

「人工知能と仏教」に対してたくさんの方々から色々な御意見をいただきましたね。釈迦Alpha君は「早くみんなの役に立ちたいー」と思っているでしょう。

そうですよね。あなたは私たちが尊敬するお釈迦様の7000余りある教えを全て学習し、おまけに悩める人たちの性格などのデータを取り込んだ対機説法さえできるんですもの……。

うちの住職に限らず、世界中の僧侶から、羨望中の羨望の存在です。お葬式や法事の度に経典を取り出し、その場・その人にあったお説教を考えている住職の努力は大変なものです。それも「的を得た説法であったか…?」「理解していただけたか…?」など、日々試行錯誤です。「釈迦Alpha君助けてくれーー」と言いたくなりますよ。

 

しかし、釈迦Alpha君、おかんは言いたいのです。

それは「布施」ということです。一般的にはお寺やお坊様へのご法礼をお布施と言いますが、本来の意味は「慈悲の心をもち、相手の身になって、ほどこしを行うこと」です。お寺や僧侶は慈悲の実践である布施を、常に心がけていなければなりません。

布施の種類には、

・お金や物財をほどこす「財施

・仏の教えをほどこす「法施

・つらく悲しい思いをしている人から恐れを取り除く「無畏施(むいせ)」

があります。

法施に関しては、釈迦Alpha君は得意中の得意でしょう。でも、財施・無畏施はどうですか?

人間の僧侶もなかなか限りはありますが、努力を重ねることはできます。

 

また、これとは別に、物財がなくてもできる七つのほどこし「無財の七施」もあります。

眼施(がんせ)・・・やさしいまなざしをする (釈迦Alpha君もできます)

和顔施(わげんせ)・・・なごやかな顔つきで人と接する (釈迦Alpha君もできます)

言施(ごんせ)・・・やさしい言葉をかける (釈迦Alpha君もできます)

身施(しんせ)・・・体を使って人のため、社会のために働く (限界あるかな?)

心施(しんせ)・・・人のために心をくばる (限界あるかな?)

床座施(しょうざせ)・・・席や場所をゆずる (限界あるかな?)

房舎施(ぼうじゃせ)・・・一夜の宿を提供する (できないかも?)

 

インドでのマザーテレサの「死を待つ人の家」は貧しく家もない家族もない人たちが、人生の最後をひとりで迎えることのないように建てられた施設です。私はこの家はマザーテレサの、財施、法施(キリスト教だけど)、無畏施、そして無罪の七施の全てが集結したものだと思います。

仏教もまた、この「布施」と言う慈悲の心を芯とするならば、釈迦Alpha君には劣らない部分がたくさんあるのではないでしょうか?

東日本大震災のとき、被災された人達に真新しい本堂を解放した和尚さん、炊き出しをして皆にふるまっているお寺の奥さまの姿、心にしみました。

僧侶や寺に住む私たちは「他が先で自は後」の精神を心にとめ、もちろん愚かな人間、不完全な人間であり、理想とは程遠い人格ではありますが、努力を重ねる姿勢が仏教を広め、人々の心に信仰を宿すことにつながると思っています。

釈迦Alpha君、ここは君に負けられません。

 

未来の仏教は?僧侶は?どうあるべきなのでしょう。

釈迦Alpha君に頼るところは多々ありながらも、布施の精神にあふれる僧侶の言葉や行いが人々の幸せを導く手助けをする。

不完全な人間同士の会話や行動のやりとりの過程で、仏教に根付く精神の素晴らしさに気付く人が多く現れることを願っています。

 

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(追記)

1年前から先代よりゆずり受け、お寺をあずかる身になりました。

とにかくお寺に足を運んでもらおうと、日々の法要に加え、本堂に隣接する会館を建て、落語会やヨガなど開催しています。

地域の皆さんの「ありがとう。」とか「良かったわ。」とかの言葉に励まされながら、これからも頑張ろうと思っています。

 

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