カジュアルに楽しむ仏教コラム

仏教の聖地ってどんなとこ? 知られざるブッダガヤの世界

 

こんにちは、副住職のみずきです。

今年2016年は、君の名は。ブームで「聖地巡礼」なんて言葉が流行語に選ばれた年になりました。最近、若い人の間で「聖地」といったら「マンガ・アニメの舞台」というイメージがあるんですが、言わずもがな、元々は宗教的な意味合いで神聖視されている場所のことを言います。

「聖地」とか「神」とかいう宗教的な言葉をサブカル的な意味合いで使いたがる若者の思考を分析してもオモシロそうなのですが、そんな話はさておいて。

 

仏教の聖地ってどのような場所か、みなさんは知っていますか?

キリスト教の聖地といったら、色々とヤバい国イスラエルにあるイェルサレム。イスラム教も同じイェルサレムを聖地としています。

じゃあ仏教の聖地は・・・。

知らないという人もいらっしゃるのでは? 正直なところ、お坊さんである僕も、聖地を一度も訪れたことなくて「どんな場所なの?」って聞かれても、うーーーん……って感じだったんです。

そこで、 色々と思い立った僕(旅立った理由はコチラの記事から)は、実際に仏教の聖地の一つ"ブッダガヤ"を訪れてみました。

今回は仏教の聖地ブッダガヤがどんな場所なのかレポートしたいと思います。

レポートするにあたっては「どうせお坊さんなんだから聖地のことは褒めちぎるんでしょ?」なんて思われても嫌なので、嘘・偽りなし、時には僧侶という身分すら忘れて、ぶっちゃけることを誓います。

 

そもそもの話、仏教の聖地とは?

聖地巡礼の前に、さっき「仏教の聖地の一つブッダガヤ」と言いましたが、そもそもの話、仏教の聖地ってどこなのかご存知でしょうか?

僕も怪しいところがあったので、それについてまず簡単に説明しましょう。

 

実は仏教には聖地がたくさんあります。この表(Wikipediaより転載)に記載している通りです。

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まず、ルンビニ・ブッダガヤ・サールナート・クシーナガラの4つが仏教において重要な四大聖地と呼ばれる所で、それにラージギル・サヘート、マヘート・ヴァイシャリ・サンカーシャを足したものが八大聖地となります。

この中でも、仏教で一番究極的に大切な場所はどこかと言われれば、それは絶対にブッダガヤでしょう。というのも、ブッダガヤとは成道の地、つまりお釈迦さまが悟りを開かれた場所だからです。

2500年前にお釈迦さまがその地で悟りに至らなければ、現在において仏教なんてものは存在しなかった。という意味では、ブッダガヤとはこの世界に仏教が初めて生まれた場所だと言えます。仏教にとっては超超超大切な場所なんです。

さて、その仏教の"最重要聖地"ブッダガヤとは、一体どのようなところなのでしょうか?

 

聖地っぽくない町、ブッダガヤ

これはブッダガヤの街並みの1シーン。

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聖地にセブンイレブン?

思わず目を疑ってしまいました。なんか、でもよく見ればロゴが違うから、どうも偽物っぽいし……。(現地の日本人に聞いたところ、偽物ということでした。)

 

そうなんです。ぶっちゃけた話、ブッダガヤって聖地っぽくないんです。

聖地といえば、物静かでミステリアスで不思議なオーラに包まれている、そんな場所を想像する人が多いと思います。それが全く違うんですよね(笑)

今回の僕のインド旅行は、南インドから入り、どんどん北上して最後にブッダガヤに入るよう計画を立てていました。道中の観光地では案の定インド人商人に騙され、ぼったくられ。

「ブッダガヤならこの疲弊した心身も癒されるはず!」と、藁にもすがるような気持ちで聖地にinしたのですが……

「車多っ!店多っ!キャッチうざっ!」

これが現実だったのです。ブッダガヤはスゴく「観光地」って感じでした。仏教の聖地なのでお寺もたくさん建ってはいたのですが、お寺から一歩出ると車がビュンビュン走っていたり、露店が立ち並んでいたり。

「思ってた聖地とちゃう……」

そんなこんなで、ブッダガヤに対する僕の第一印象は控えめに言っても、やかましい町でした。

 

マハーボディ寺院でカルチャーショックを受ける

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想像していた聖地のイメージと違って、ネガティブな印象から始まったブッダガヤ。

でも、町の中心にそびえ立つマハーボディ寺院(日本名:大菩提寺)を訪れると、その印象はビックリするくらい変わりました。

シンプルに言えば、この寺院には"厚い信仰の雰囲気"があります。それは決して日本では味わえない空気だと思いました。

ここから、僕をこんな気持ちにさせたマハーボディ寺院の魅力を追って説明します。

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マハーボディ寺院とは、お釈迦さまが悟りを開かれた、まさにその場所に建っている寺院です。世界遺産にも登録されてるんですよー。

寺院の中には、黄金に輝くお釈迦さまの仏像が……。

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お身体もお袈裟もキラッキラッでした。お袈裟は僧侶の手によって、一日に何度も代えられるそうです。仏像の前は、座ってお経を読み上げる人、五体投地の礼拝をする人、お布施・寄付金を行う人などで、身動きもできないほど混雑していました。

 

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この写真の木こそが、お釈迦さまがお座りになって瞑想された後、悟りを開かれた菩提樹です。厳密にいえば、今の菩提樹はお釈迦さまの時代の樹そのものではなくて、挿し木により育った子孫の樹が移植されたものだそう(インドの歴史上仏教は何度も他宗教から弾圧されていて、その際に菩提樹は攻撃の対象となったのです)。

 

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菩提樹の下には、手を合わせて祈りを捧げている人、お釈迦さまと同じように座って瞑想をしている人など、それはもうたくさんの人が一堂に会しています。世界中の仏教徒が思いを一つにこの場所に集まっているのです。

その雰囲気は、静かなんだけど、どこかエネルギーに満ち溢れているような感じでした。普段パワースポットなんて信じていない僕も何かしらのパワーを感じざるを得ないような独特の空気が流れています。

 

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マハーボディ寺院には世界中から僧侶・仏教徒が集まっています。この写真はチベット仏教の僧侶たちですが、境内を歩いていて驚いたのが、チベット仏教徒たちの礼拝の仕方です。

凄まじいことに、彼らは五体投地の礼拝をしながら境内を回っているんです。

……どういうことか。もう、それはそれは、この動画の冒頭で行われている動きそのものなんです。

"立っては座ってズサー"

"立っては座ってズサー"

これを繰り返し、寺院を回るチベット仏教徒たち。こんな光景を目の当たりにしたときには、言葉なんて出てきやしません。自分が今まで見てきた世界とは全く別の世界がそこにはありました。日本と同じ「仏教」のはずなのに……。

 

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こうした世界中の仏教徒それぞれの思いが、閉門時間の21時ギリギリになるまで絶え間なく注がれ続けています。

こんな場所は世界中どこを探しても見つからない

とブッダガヤに住まわれている日本人の和尚さんがおっしゃってました。まさにそうです。

日本のお寺の風景しか見たことがない僕にとっては、信仰のカタチが、信仰の厚さが全く違うと感じました。体がフワァっと浮き上がってくるような重度のカルチャーショック。

マハーボディ寺院を訪れれば必ず「これが聖地たるゆえんなのか!」と心が唸る瞬間が誰にもやってくることと思います。そう胸を張って言えるくらい、"特別な場所"なのだと感じました。

 

 

まとめ

以上、まとめると、こうなりました。

ブッダガヤは、一見すると観光地っぽくてガヤガヤしているけど、マハーボディ寺院には神聖な雰囲気が満ちていて、聖地たるゆえんが備わっている、そんな町 だと言えます。

もちろん、ブッダガヤにはマハーボディ寺院以外にも、日本寺院やタイ寺院、チベット寺院、中国寺院など、数多くの国々のお寺がありまして、これらのお寺はどれも素晴らしく美しいものです。ここでは強調するためにマハーボディ寺院だけを取り上げさせていただきましたー。それだけ僕の中では特別な体験だったんです。

皆さんも、ぜひ一生に一度だけでもいいですので、ブッダガヤを訪れ、自分の肌でそのスゴさを感じてみてください。

 


さいごに、蛇足になりますが、僧侶の一人としてブッダガヤで感じたことを書かせていただきます。

まず、感じたのは、仏教の大きさです。日本にいれば仏教というのはどうも社会から端に追いやられているようなイメージがあったのですが、ブッダガヤに世界中の仏教徒が集まっているその姿を見て、僧侶である自分がいま置かれているフィールドがいかに広いのか実感しました。

「仏教ってやっぱりこんなすごいんだ」と心の底から自分を納得させることのできる光景を目の当たりにしたという感じです。世界が熱狂する仏教とはなんなのか、そのもっともっと奥深いところを知りたいという感情が湧いてきました。

あとは、仏教のカタチです。チベット仏教徒は信仰心の厚さがハンパないと先ほど言っていますが、これは別にチベット人が凄くて日本人がダメというわけではなく。それぞれ国によって培われてきた文化が違うのですから、それぞれの国に根ざした仏教のあり方があっていいんじゃないかと思うようになりました。

ブッダガヤでいろんな国のお坊さんと交流していると「こうも世界で仏教って違ってくるものかぁ?」と不思議に思うときがあります。話によれば、タイの僧侶なんかは占いをしたり、病気を治すための儀式を行ったりするそうです。

インドのブッダガヤで開かれたお釈迦さまの教えは世界中に広がり、それぞれの国で独自の発展を遂げている。そんなことは以前からわかってはいたのですが、その事実を肌で感じると違うものです。日本には日本の仏教があり、その紡がれてきた歴史に敬意を払い、それは誇るべきことなのだと思いました。(近頃「日本の仏教は特殊で世界的にも変だ」なんて意見をよく聞いていたものですから、この気づきは非常に有り難いものになりました。)

帰国して数日、ブッダガヤで感じていたことを毎日のように思い出しています。自分の人生のこのタイミングにおいて、ブッダガヤを訪れることができて、本当に良かったなとしみじみ思う今日この頃です。合掌。

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